●あめふらし
雨降りガエル 旅をする
雨雲連れて 旅をする
鬱々と降り続く長雨。どんより淀んだ重たい空気の中、蝙蝠傘に半ば遮られた視界の隅に、瑞々しい若葉色が飛び込んできた。
――ああ、ニョロトノだ。
足を止めてそちらを振り向き、まじまじとその姿を眺める。頭頂に巻き毛、喉元に大きな鳴嚢(なきぶくろ)を持つ緑色のカエル。確かにニョロトノに間違いない。
「もしかして、君は『あめふらし』のニョロトノかい?」
僕は、ふと心に浮かんだ疑問を呟いてみたが、
――いいや、まさかね。
即座にその考えを打ち消した。
あめふらしの特性を持つ珍しいポケモンが、通勤路の只中に突然現れるはずはない。こいつは普通のニョロトノだ。
しかし、そんな馬鹿馬鹿しいことを考えてしまったのは、ふと懐かしい歌が脳裏に浮かんだからだ。歌の題名は「あめふらし」。
雨降りガエル 旅をする
雨雲連れて 旅をする
ひでりの田畑に 雨降らせ
恵みの雨と 拝まれる
雨降りガエル 旅をする
雨雲連れて 旅をする
燃える野原に 雨降らせ
神の使いと 祀られる
軽快なメロディーと、コミカルな外見の印象から、単純に旅をするニョロトノの歌として認知されていることもあるが、筋書きの真相は三番の詩に刻まれている。
雨降りガエル 街へ行く
ビルや道路に 雨降らす
道行くご婦人 呼び止めて
雨降りガエルに こう言った
“ 雨降りガエル あちらへお行き
洗濯物が 乾かないから ”
雨降りガエル 旅をする
雨雲連れて 旅をする
行く先々で雨を呼ぶニョロトノは、その特性のために一つ所に留まれないという物悲しい内容だ。
だが、童歌の常として、それを知らない人は案外多いのではないだろうか。
あめふらしのニョロトノは、民話や伝承にちらほら登場するものの、その存在が確認されたのはつい最近のこと――ほんの数年前である。それまでは、水タイプのポケモンが雨のイメージと結びつけられたものであるとか、技の「あまごい」を使った姿が勘違いされたものだろうと考えられていた。
あめふらしと言えば、南の地方では海洋を広げた神話で知られる伝説のポケモンの持つ特性なのだ、まあ無理もないだろう。
海外の学会で実在することが発表された時には、トレーナー業界を揺るがす大騒動になったことは今でも記憶に新しい。水ポケモンを中心に扱うブリーダーショップなどでは、問い合わせの電話が鳴りやまなかったという。
そして、その強力な能力を求めて、バトルを生業とする人々が進化前のニョロモを乱獲し、あるいは人為的に繁殖させて目的の個体以外を大量に逃がしてしまったことが社会問題となってしまったのだった。
――結局のところいつの時代も、あめふらしのニョロトノは、人間の欲望の煽りを食らっているのだ。
そんな私の身勝手な感傷など知る由もなく、ニョロトノは愉快に喉を鳴らしていた。
「それじゃあ、仕事があるから僕はそろそろ行くよ。さようなら、小さな通り雨」
冗談交じりにそう笑いかけ、傘にたまった雨水を振り落すと、ニョロトノは飛び跳ねながら植込みの陰に姿を消していった。
すると、今まで途切れることなく続いていた雨が、次第に小降りになり、ついには降りやんで……。
雨降りガエル 旅をする
雨雲連れて 旅をする
(1364文字)
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