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初版公開:2013年5月29日


●ぼくはそれを天井からミテル

 今日もオシノビがあらわれた。ぼくはそれを天井からミテル。
 しきみはいつもみたいにオシノビに笑顔でたずねる。
「今日もオシノビですか?」
 ぼくはそれを天井からミテル。

 しきみは、ぼくらの出番がないときはいっつも、ざらざらとした白い紙にくろいシミをつけてる。羽のついた細い棒っきれを、チッチャなつぼのナカに押し込んで、それからマッサラな紙の上にシミを作っていく。ぼくはしきみが何をしてるかはよくワカラナイ。ただ、いつだってぼくにヤサシくしてくれるしきみが、あのくろいシミをつけているときばかりはぼくを近づけさせてくれない。ぼくが近づくと紙がモエてしまうから、といつもしきみは言う。
 ぼくがモヤすのはヒトのタマシイだけなのに。

 ぼくたちぽけもんは、いつだってなきごえで自分のキモチをあらわす。だけど、ヒトはなきごえ以外でも、紙にくろいシミを作ることで自分のキモチをつたえることができる、らしい。オカシイとぼくは思った。いつだってキモチを伝えるのはなきごえがいちばんはやいのに。
 だけどどうやら、しきみの作るシミはとくにいろんなヒトに愛されていることだけはぼくにもわかっている。とくに、コワイものが好きなヒトに人気があるようだ。

 しきみはよく“さいん会”というものを開く。「本に自分の名前を書いてあげる作業」としきみは言っていた。ぼくにはよくワカラナイけど、よくしきみが新しいシミをつくったときには、その“さいん会”というのをひらく。それをひらくときはきまって、ぼくは天井にぶらさがってその様子をナガメてる。ぼくはヒトの手で作った“しゃんでりあ”という明かりにそっくりだから、天井にぶら下がっているとアンマリきづかれない。
 しきみは、ぼくが“さいん会”にキョウミがあるから天井にぶらさがっているとおもってる。でもチガウ。ぼくはダイスキなしきみに妙なことをするヒトがいないかをミテル。もしいたらそのヒトのタマシイをクッテヤロウとおもってる。だからぼくは天井にぶらさがってミテル。

 オシノビが現れたのは、じめじめとしたツユドキだった。
 そのときは、『あじさいの下に眠る骨』というオハナシの“さいん会”がやっていた。このオハナシもやっぱりコワイもの好きのヒトたちがいっぱいしきみに会いにきてた。
 ぼくは、ダイスキなしきみがぼくにかまってくれなくなる“さいん会”がキライだ。会ったこともないヒトへとびっきりのエガオをふりまく“さいん会”がキライだ。
 しきみはいつもみたいに、来たヒトにエガオでシミのたばをてわたす。エガオでてわたして次のヒト。てわてして次のヒト。てわたして次のヒト。
 そんなとき、しきみはとあるヒトのじゅんばんになったときだけ、シミの束をてわたしたあとも次のヒトにはいかなかった。そのあるヒトは、“ふーど”というモノをマブカにかぶっていた。だけど、そこからぼくみたいなムラサキ色のかみのけがちらりとのぞいてる。そして鼻の上には、またぼくみたいな色をしたヘンテコなレンズをのせていた。しきみのレンズも相当ヘンテコだけど、そのヒトのもなかなかヘンテコだった。
 しきみはそのヒトを見たシュンカン、いつもとちがって目をまんまるにしてた。そして、しきみが何かを言おうとすると、そのヒトはクチビルに指をあてた。ぼくはそれを天井からミテル。
「オシノビなんだ」と、そのヒトはちいさく言った。
「シンオウからはるばる?」と、しきみもちいさくいう。
「前から君のファンだったのでね」、とそのヒト――オシノビが答える。しきみがウレシソウに笑う。それをみたぼくは、そいつのタマシイをクッテやりたくなった。
「でも、お忙しくなかったですか?」
「『チャレンジャーたちをおまえまでいかせなきゃいんだろ!?』とオーバに言われてね。ちょっと複雑な気持ちだけど彼らには感謝だよ」
 オシノビはしきみとしばらくシャベッタあと、しきみのなまえ付きのシミの束をもらってそそくさと帰っていった。しきみはいつもよりウレシそうだった。
 ぼくはそれを天井からミテた。けっきょくタマシイはクッテやらなかった。ぼくはガマンづよくたえぬいた。

 あの梅雨のデキゴトからというもの、あのオシノビはたびたびしきみの“さいん会”にあらわれた。オシノビはいつも自分の顔をカクソウとするけど、ぼくはばればれだとおもってる。
 しきみはオシノビがくるたびにいつもタノシそうだった。そいつと会っているジカンは、数分か数十秒か、もしかしたらそれより少ないかもしれない。なのにしきみはそいつに、いっつもイッショにいるぼくへ向けるのと同じぐらい、もしかしたらそれ以上のエガオをそいつにむけてた。ぼくはいつもそれを天井からミテル。ぼくはおもしろくない。いつそいつのタマシイをクッテやろうかとおもってる。

 どうして、しきみはぼくよりも短いジカンしかあっていないオシノビにそんなエガオをむけるのかな? ぼくはゲンガーにきいてみた。
「うーん、あんた、それは嫉妬ってやつ?」
 シット?
「あいつはシキミの書く小説のコアなファンみたいだからね。シキミはうれしいんだよ。自分の小説を読んでくれているだけで、実際に会っている以上の親近感を得られるってわけさ」
 あんなシミの束で、ぼくがシキミとすごしたジカンと同じものが得られるのかな。
「しかもあいつ四天王だしさぁ。同じ境遇だからなおのこと、忙しい中来てくれるとうれしいんだろうね……」
 ねぇねぇ、ぼくあいつのタマシイをクッテもいい?
「ば、だめだよ! よしな!」
 ゲンガーがアワテテぼくに叫んだ。どうして?
「そんなことしたら……! ……えっと……ほ、ほら! シキミが悲しむじゃないか!」
 しきみは、オシノビがいなくなったらカナシイの? しきみカナシムの?
「悲しむよ! だからやめな! わかったかい!?」
 うん。
 僕が答えるとゲンガーはアンシンしてほっとむねをなで下ろした。そして、ほんとうに……あんたはやろうとしたら本気でやる子だからね……。四天王の魂を食ったとなったらこれはとんだ大事だよ……。とかなんとかつツブヤイテルけど、ぼくはよくきいてなかった。

 きょうもオシノビがきてる。しきみからシミの束をもらってる。しきみはすごくタノシそう。ぼくはそんなしきみのエガオを天井からミテル。
 もし、ぼくがオシノビのタマシイをクッちゃったら、ダイスキなしきみのエガオがひとつなくなっちゃうのかな。そうおもうと、なんだかぼくはコワクなって、からだのホノオがちょっとよわくなった。
 まあいっか。
 オシノビがきてしきみがエガオになれるならそれでいっか。ぼくは天井でエガオをミながらそうおもった。


  今日もオシノビがあらわれる。ぼくはそれを天井からミテル。
 しきみはいつもみたいにオシノビに笑顔でたずねる。
「今日もオシノビですか?」
 ぼくはそれを天井からミテル。
 今はまだ、ソノママでもいいや。
 しきみになにかあったときは、そのときはあいつのタマシイをクッテヤロウ。

(2846文字)

●作者メッセージ(作:ものかきさん)

 今回企画に投稿させていただいた「ぼくはそれを天井からミテル」は、とあるトレーナーのポケモンが、お忍びでやってきたファンへの嫉妬をポケモン視点で描くというものでした。正直に申し上げてしまうと今回の企画の趣旨である梅雨と初夏のテーマに合わせて作ったというよりは、以前からこの手の構想は浮かんでいて、今回のきかっくのために無理矢理テーマと関連付けた作品と言えます。
 いったい主人公が誰なのか、そしてそのトレーナーとオシノビが誰なのかは、読んでくださった方にはもうお分かりいただけたと思います。私は前々から彼らには、多忙なスケジュールを管理する立場とはいえ、時には好きなことや趣味に走る時間もあるのではないかと思っていました。他の地方同士の交流もまたしかりですね(笑)
 今回はそれを書く機会をくださった小樽ミオさんのこの企画に大変感謝いたします! ありがとうございます!