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初版公開:2013年6月13日


●雨の日はポケモンバトル

今日も雨が降っている。俺はポケモンセンターの中から降りしきる雨を眺めている。そして、俺のポケモンはおれの右足にぴったりとくっついている。おかげで右足がとても温かい。ていうか熱い。
「なあ、ヒトカゲ、ちょっと離れてくれ。服が焦げる」
 しかしヒトカゲはふるふるとかぶりを振って離れようとしない。よっぽど雨が怖いらしい。ふう、とため息。
「しょうがねえな」
 俺はヒトカゲを抱き上げる。
「部屋に戻ろうか」
 その一言で、ヒトカゲが嬉しそうにする。
 俺はヒトカゲを抱えてポケモンセンターの階段を上る。こうして、また出発は延期されるのだ。
「あれ? なんか焦げ臭い……おいヒトカゲ! しっぽ! しっぽ当たってる!」

「梅雨ってのは想定外だったよなあ」
 故郷を出発してから一か月と少し。俺とヒトカゲはまだ一つ目の街でくすぶっていた。理由は何度も言うように雨だ。一つ目のバッジをようやく獲ったらこの地方一帯は梅雨入りしてしまったのである。ヒトカゲはしっぽの炎が消えると死んでしまう。そんなポケモンを雨の日に外に連れだすわけにはいかない。
「うちじゃあ、雨の日は一日中部屋ン中で遊んでたよな。うちならそれで良かったんだよ、うちなら。でも俺たち今旅の途中じゃん。遊んでる場合と違うじゃん」
 ヒトカゲは頬を膨らませる。そんなの関係なく遊びたい、とでも言いたげだ。俺はヒトカゲの表情を見ればヒトカゲの言いたいことはだいたいわかる。これが俺とヒトカゲの四年にわたる関係で培った絆だと言っても過言ではあるまい。文句があるやつはかかってこい。
 もちろん、ボールに入れて持ち運べばいいじゃないか、とも考えた。しかし、くさむらで野生のポケモンに襲われたら? 俺のポケモンはヒトカゲしかいない。傘をさすのも同様に却下だ。傘をさしたまま野生ポケモンと戦うわけにはいかない。

「トレーニングでもするか、ヒトカゲ」
トレーニングとは、俺とヒトカゲでバトルするのである。頭かボディに一撃を決めれば一本。三本先取制である。
 とはいえ、ヒトカゲに本気のパンチやキックをするわけにはいかない。ヒトカゲだって炎を吐いたりはしない。だから、やっぱりこれは昔からしている、雨の日の遊びなのかもしれない。
「おし、行くぞ!」
右ストレート。ヒトカゲは右へかわす。そこへ左手。かがんで避ける。拳は空振り。チャンスと見たヒトカゲが俺の懐へ飛び込む。体をひねってかわす。その勢いのまま右膝で背中を――
「――あっちい!」
 体勢を崩したヒトカゲのしっぽが俺の右ひざを直撃した。“トレーニング”をするとこういう事故もたまにある。……いや、しょっちゅうある。

「買い置きの“やけどなおし”どこやったっけ」
ヒトカゲは申し訳なさそうな顔をしつつ、なんでポケモン用の道具を使ってるんだこの人間はという顔をしている。でもこれの即効性凄いんだよ。
「またズボンがダメージジーンズっぽくなっちまった……ん?」
 ヒトカゲがエセダメージジーンズのすそを引っ張る。
「なに? 今のは自分の一本だって? こ、こいつ……」
 俺とヒトカゲが第二ラウンドを開始せんと構えた時、部屋の扉がばあん! と開いた。
「あなた! また部屋で暴れて! ここはポケモンセンターですよ!」
「すいません、ジョーイさん」
 俺は頭を下げる。ヒトカゲも頭を下げる。
「あら、あなたは悪くないのよヒトカゲちゃん。悪いのは全部このアホだから」
「ジョーイさん人間に対して厳しくないですか」
「人間は黙りなさい」
「……………………」
 黙った俺に満足したようで、ジョーイさんは部屋を出て行った。
 と、その時、ポケギアでかけていたポケモンマーチが途切れた。
「お天気の時間です。明日のカントー地方は広い範囲で晴れるでしょう」
 ポケギアから流れるお天気お姉さんの声。
「っしゃあ!」
 俺はヒトカゲとハイタッチした。梅雨の晴れ間だ。このチャンスを逃す手はない。
「明日中に次の街まで行くぞ!」
「あ、やっと出ていってくれるの?」
「まだいたんですかジョーイさん! 露骨に喜ぶのもやめてください! わりと傷つきます!」

翌日。
久しぶりの上天気だ。朝日がまぶしい。
「行ってきます、ジョーイさん。長々お世話になりました」
「う、うん。…………べ、別にいつでも帰ってきていいんだからね!」
「あの、ジョーイさん。ずっと思ってたことなんですけど」
「な、何?」
「キャラが濃すぎます」
そんなこんなで俺とヒトカゲはジョーイさんに別れを告げた。もう陽が高くなっているというのにまだ道は水たまりが残っていて、ヒトカゲはそれを避けながら歩いている。
 それにしても頬が痛い。トレーニングを積んだはずの俺もジョーイさんの目にもとまらぬ打撃は避けられなかった。
「ふっ。俺もまだまだ甘い」
 と呟いてハードボイルドに笑おうとしたが、頬がさらに痛んだだけだった。一陣の風が吹く。湿った風がひりひりする頬に心地いい。
「……っ! ヒトカゲ!?」
突然、ヒトカゲが猛然と駆け出したのだ。一瞬遅れて俺も理解する。空を見上げると、見る間に黒い雲に青空が侵食されてゆく。畜生、何が“湿った風”だ。のんきなことを言っている場合じゃない。
まもなく、雨が降る。

「ヒトカゲ!」
 ヒトカゲに追いついた俺はそのままヒトカゲを抱え上げる。俺の方が圧倒的に足は速い。
走れ、走れ、走れ!
 しかし、生暖かい水滴が俺の顔を濡らす。ヒトカゲが不安げな鳴き声を上げる。顔を見ずとも表情がわかるような鳴き声だ。まだ次の街までは遠い。このまま走り続けても、数時間はかかるだろう。
 俺はほんの少し逡巡してから、抱えていたヒトカゲを下ろした。自由になった手で、俺はボールを取り出す。
「ボールに戻ってくれ、ヒトカゲ」
 ヒトカゲは大きな目をいっぱいに見開いて俺を見た。危ない、とその目が告げている。
「いいんだ。この間岩のジムでヒトカゲに頑張ってもらったから。俺がちょっとくらい体張ってもいいだろう?」
 ヒトカゲはなおも何か言いたげだったが、俺の強い表情に負けてボールに戻っていった。

無理をして突っ切った草むらから飛び出したコラッタを蹴り飛ばす。前を塞ぐイシツブテを飛び越える。
 誰だよ、たかだかコラッタを恐れていたやつは。誰だよ、ヒトカゲのせいにしてポケモンセンターでだらだらしていたやつは! 甘えていたやつは、誰だ!!

「うわっ! どうしたんですかいったい!? ずぶ濡れじゃないですか! あ、でも背中の荷物は濡れてない……」
 せなか? なんでせなかがぬれていないんだ? 
途切れそうな意識の中で、そんなことを考えたことを、妙にはっきりと覚えている。
「と、とにかく早く体を温めなきゃ! 誰か! ……あっ」
 ジョーイさんはおれの握りしめていたボールのボタンを押した、と思う。朦朧としていてはっきりと覚えていない。ジョーイさんが何を思ってそうしたかは知らない。ポケモンの体温で温めようと思ったのかもしれない。
ともかく、そのボールに入っていたのはヒトカゲだった。俺のヒトカゲ。元気なヒトカゲ。俺は奇妙な満足感に浸りながら、目を閉じた。

「ん」
 気が付けば、俺は真っ白なベッドの上で寝ていた。変わり映えのしないポケモンセンターの天井。
「なんだ、夢か」
 と俺が呟いたら、赤い塊が俺に向かって飛びついてきた。ヒトカゲだ。目が潤んでいる。
「お……おい! 泣くな! 目から水が出るぞ!」
 ヒトカゲは俺の腹に顔を押し付け、そのままべしべしと叩いてくる。
 ちょうどその時、部屋にジョーイさんが姿を現す。タイミングの良いことこの上ない。
「あ、目が覚めたんですか。元気そうですね」
「ええ、まあおかげさまで。ところで、ここはどこですか?」

ジョーイさんが口にした町の名前は、俺たちの街から数えて二番目の街のそれだった。
「ああ、やっぱりそうでしたか。べッドの硬さもジョーイさんの顔も同じなんでわかりませんでした」
「何ふざけたことぬかしてるんですか。ぶっ殺しますよ」
「医者の発言じゃありませんね」
「私はポケモンの医者です。人間の手当てなんかほとんど知りませんよ。でもあなた、たぶん、そこのヒトカゲが温めてくれなきゃ死んでましたよ」
「マジですか」
「マジです。肺炎を発症してたんじゃないですか?」
「ありがとう、ヒトカゲ」
 俺はヒトカゲの頭を撫でた。
「私にも撫でさせて」
「……………………」

「とにかくだ」
 ヒトカゲのべたべた触りまくるジョーイさんを追い払った俺は言った。
「二つ目の街に到着!」
俺とヒトカゲはハイタッチした。
「で、次はジム戦なわけだが」
 ヒトカゲがこくんとうなずく。
「この町のジムってさあ……水タイプのジムだよな」
こくん。
「水タイプのジムって水タイプのポケモンを出すよな」
こくん、こくん。
「水タイプのポケモンって水タイプの技を使うよな」
 こくん、こくーん、こくん。今途中に虫ポケモンいた。
「……不利じゃね?」
うーん。
「うーんっていうか、不利なんだよ。どうすんのこれ。しょっぱなから岩タイプのジムの時も思ったけども。どうすんのこれ。……ん、なになに?」
 俺はヒトカゲの表情を注意深く読み取る。
「苦難を乗り越えてこそ道は開ける? 昔の偉い人かよ!」
 とんでもなく複雑な表情しやがって。ヒトカゲは生まれてまだ数年のはずなのだが、なんでこんな長老みたいなセリフを吐くのだろう。
「でも確かに、ここを突破すればあとは楽勝なんじゃないか? よし! 雨雲は晴れた! 俺たちの未来は明るいぞヒトカゲ!」
 俺とヒトカゲは再びハイタッチした。

「…………で、この町のジムはどうすんだよ」
 うーん。
「駄目じゃん。話を壮大に誤魔化しただけじゃん」
 俺の突込みにも力が入らない。

 何か作戦はないだろうか。雨ですら苦手なヒトカゲが水ポケモンに勝つ方法。雨。俺はぼんやりと昨日のことを思い返していた。
 雨に打たれると体が冷える。雨滴そのものは温かくとも、蒸発する際に熱を奪っていくのだ。ヒトカゲが雨を苦手とするのもそのせいだろう。
 そういえば、昨日俺の体はずぶ濡れだったのに背負ったリュックは全くの無事だった。なぜだろう。
「……………………よし、たぶんこれだ。ヒトカゲ、ちょっと聞いてくれ。作戦はこれで行く」

そしてその翌日。
 俺とヒトカゲはジムの扉を叩いた。
「あたしはおてんば人魚の異名をとる水のジムリーダー! さあ、どこからでもかかってきなさい! 水のチカラ、見せてアゲル!」
そう言って薄い胸を張る彼女の手には、それはそれはあからさまなカンペが握られていた。
「なに? なんなの? みんなかっこいい場面台無しにしなきゃいられない病気にでもかかってるの?」
「うるさいわね、とっとと始めるわよ! 出てきて、ヒトちゃん!」
「ヘアッ!」
 ヒトちゃんっていうとヒトカゲと若干名前の区別が大変なのでやめてほしい。あと鳴き声についてはスルー。
「ヒトカゲ、作戦通りに頼む!」
「カゲ!」
「ヒトちゃん、“みずでっぽう”!」
 指示を待つまでもなく、ヒトカゲは軽快にそれをかわす。みずでっぽうは直線でしか撃てない。避けてしまえばスキができる。以前ゼニガメと戦った時と同じ要領だ。
「ヒトカゲ、“ひっかく”だ!」
「まだよ! ヒトちゃん、“たいあたり”!」
 接近戦はヒトカゲの得意とするところだ。ヒトカゲは体をひねってそれもかわす。トレーニングの成果だ。そして、ヒトデマンのがら空きのボディに“ひっかく”が決まる。
 ヒトデマン、戦闘不能。

「やるわね! でもこの子はどうかしら! スタちゃん!」
 ヒトデマンの進化系、スターミーの登場である。
「スタちゃん、“バブルこうせん”!」
「ヒトカゲ! 進化しても要領は同じだ!」
 やはりヒトカゲは問題なくそれをかわす。
「ここからよ! “こうそくスピン”!」
「!」
 スターミーは“バブルこうせん”を噴射しつつ激しく回転する。つまり、全方向へ平等に水流が噴射される。空でも飛ばない限り、避けることは不可能だ。
「ヒトカゲ!」
「ふふん、これはひとたまりもないはず……え!?」
 ヒトカゲはまだ倒れてはいなかった。

 そう、これが作戦だった。水は蒸発するときに大きな熱を奪う。素肌に水が当たろうと、ただ当たっただけでは熱を大幅に奪われることはない。ただし、例外はヒトカゲの致命的な弱点であるしっぽだ。炎に直接水が当たれば当然火は消え、ヒトカゲの生命の危機となる。ヒトカゲが雨を苦手とするのもこのせいだ。だが逆に、しっぽ以外に水を受けても意外と平気なのである。
 だから、俺はヒトカゲにこう伝えたのだ。
『水に怯えるな』と。
 避けられるときは避ければいい。だが、水に対して顔を背ければ、しっぽの炎が相手に対して晒される。俺は先日雨の中走ったのに背中が濡れていなかった。あれは俺が前に向かって走り続けたからだ。水流に正面から向かっていけば、即戦闘不能にはならない。
 我ながらめちゃくちゃな理論だ。だが、このジムを突破するにはそれくらいの無茶が必要だ。炎タイプのヒトカゲが、水タイプのジムを突破するためには。
「ヒトカゲ! 決めろ!」
――“りゅうのいかり”!
 スターミー、戦闘不能。
 ジムリーダーの手持ちポケモンはもういない。勝ったのだ。俺はヒトカゲの元へ走る。ヒトカゲも得意げな顔で駆け寄ってくる。
ぱしぃん! とここ一番のいい音を立てて、俺とヒトカゲはハイタッチを交わした。

ジムの中に飛散した水の飛沫が、小さな虹を作っていた。

(5447文字)

●作者メッセージ(作:レギュラスさん)

こんにちは、レギュラスです。はじめましての方ははじめまして。

今回書いた「雨の日はポケモンバトル」ですが、覆面での投稿ということもあり、ギャグ要素を盛り込むなどいつもとは違う雰囲気のものを書いてみました。いかがだったでしょうか。

内容としてはヒトカゲ萌えとかバトルとか、とにかく詰め込めるだけ詰め込んだという感じです。やけに表情豊かなヒトカゲ、無意味に存在感のあるジョーイさん、ボケときどきシリアスな主人公、書いていて非常に楽しかったです。

それでは、読んでくださった皆様ありがとうございました!