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初版公開:2013年6月13日


●止まない雨はない

 だから雨は嫌いなんだ。

 僕がそれを吐き捨てると、隣の彼女が小さく啼いた。心配させてしまったらしい。口を閉じる事にした。
(……大丈夫)
 ぼくはそっと手を伸ばし、彼女の頬に付いた雫を拭ってやる。いくら特性「あめうけざら」があるとはいえ、そのままでは余りにも不憫すぎると思ったからだ。
 逆さの窓越しに空を見上げる。ざぶざぶとガラスを叩く雨の渦は、まだ止まりそうにないらしい。ぼくは彼女に気付かれないように溜息を吐くと、ぐしょぬれになってしまった体を小刻みに震わせる。液だまりに浸かりきった身体は、それこそ鉄のように冷たく硬くなっていた。
 その場から動けず、どうしようもないのは、雨が降り出 した時からの決定事項 だ。諦めるしかないとは分かっていても、やはりやりきれない気分だった。唯一の救いは、ぼくの上に屋根――のようなものが展開されている事だ。彼女は風雨の元に晒されているが、彼女にとってはそちらの方が都合がいい。特性「あめうけざら」は、彼女の生命を癒すのにちょうどいい代物だった。欠けた蓮の葉が、少しだけ血色のいい緑に染まっていく。このまま慈雨に晒されれば、あるいは。
 視界が薄暗くなったので、いまが夜だという事に気付いた。先程からやけに肌寒いと思っていたが、どうやら陽が沈んだかららしい。ぼくはもう一度手を伸ばして、彼女から滴る雫を拭い取ってやった。ぼくの体温に気が付いたのか、彼女はゆっくりと目を開け、また啼いた。雨のノイズに紛れて、彼女の声は聞 こえてこなかった。
 雨が強くなってきたのか、音が聞こえなくなった。ざあざあと砂粒を硝子戸にぶつけたような音が、耳の奥で延々と鳴り響いている。音はそれしか聞こえない。それが音なのかもわからない。きっと、これは音だ。そう思う事にした。そうでなくては、ならないからだ。
 逆さまの席の向こうは、真っ暗闇に支配されていた。光が差さないこの空間では、数十センチ先の物言わぬ塊も見えないのだ。もちろんぼくには向こう側の様子も見えないが、別に見なくても分かりきっている事だった。手前の空間でこうなのだから、きっと向こうにはぐちゃぐちゃのぐねぐねが広がっているのだろう。それを考えると頭がぐらんぐらんして目の前がちかちかして、すこぶる気分が悪くなった。
  待つのがあまりに暇だったので、僕と彼女との出会いの経歴を思い出していた。あれは確か、綺麗な虹の見える朝の事だったような気がする。長い雨の後の朝、家の目の前の小川が氾濫していて、蓮の葉っぱが流されてきたのをたもで掬って拾ったのがきっかけだった。あの時はまさかそれが生き物だとは知らなくて、動いたときはとても驚いた。思い返せばあれからもう二年も経つのか。どうりで蓮の葉の下にパイルの実が生えるわけだ。
 もう一度手を伸ばして、彼女から垂れる雫をふき取ろうとする。しかし、腕が動かなくなっていた。見ると、ぼくの両腕は真っ白で冷たくなっていた。別に雪を載せたわけじゃなくて、腕自身が真っ白になっていたのだ。ああ、どうやらもう限界が近いらしい。まあ仕方な い、これまでよくもったものだと考える事にしよう。
 ぼくが雨を嫌悪するのは、二つの理由がある。一つ目は、ぼくの両親を殺したことだ。
 六月十三日、土曜日の午後。滝のような豪雨の中、ぼくらはお父さんの運転する車に乗っていた。黒く湿ったアスファルトの上を走行していると、突然体が宙に浮いて逆さまになってぐるぐるかき回されてどすん! となって、運転席と助手席に乗っていた両親が潰れて死んだ。後ろの席に座っていたぼくは奇跡的に無事だったけど、下半身の感覚がないからきっと潰れているのだろう。ぼくの友達の彼女は、綺麗に車の外に投げ出された。高いところから投げ出されたから、きっと体中の骨がへし折れている筈だ。だからさっきから彼女は動こうとしないのだ。そ ういう事なのだ。
 だから雨は嫌いなんだ、と喋ろうとしたが、喋れなかった。喋ろうとすると血の塊がこみあげてきて、それを吐き捨てなければならなくなるのだ。だからもう、口を閉じる事にした。
 全身の骨が折れても生きていられるのは、彼女の種族がルンパッパで、特性が「あめうけざら」だからだろう。生きるか死ぬかの曖昧な死線を、生方向で支えているのが「あめうけざら」の快癒機能なのだ。まあつまり、それは、雨が止んだら――

 ――と。考えるのと同じぐらいに、ぼくは窓の外を見た。真っ暗でほとんど見えなかったが、雨はもう降っていなかったのだ。なんだ、言わなくてもよくなってしまったじゃないか。
 彼女――ルンパッパは死んでいた。あめうけざらが機能しなくなって、死の水に溺れていた。
 ぼくが雨を嫌いな、二つ目の理由。止まない雨はない、ということだ。

 だから雨は嫌いなんだ。

(1956文字)

●作者メッセージ(作:曽我氏さん)

「止まない雨はない」というのは非常にポジティブな言葉です。でも僕はあまり好きじゃありません。雨が止むことで本当に皆が幸せになるのか、という話です。
という訳で本作品のルンパッパは、雨が止んだことで死にました。不幸になりました。でも、雨が止んだことで、雨宿りしていた少女が濡れずに家に帰れたという展開がどっかである訳でして、その子は雨が止んだことで幸せになりました。幸福の裏には必ず不幸があるのに、「止まない雨はない」 という言葉は、晴れて幸せになった人の事しか考えてないと思うのです。晴れたからって必ず幸せになるとは限らないのに、苦境の後には絶対幸せが待ってるよ! って言い切るのもどうかと思うのです。
と、偉そうにのたまってますが、勿論別の考え方もあると思います。これはあくまで僕の考え方ってだけです。深く考え込まないように!
 長くなりましたが、素敵な企画を開いて下さった管理人小樽ミオ様には、感謝してもしきれません。素敵な機会を有難うございました!
しかし真面目なのはキャラじゃないので最後にふざけます。雨に濡れて皮膚に貼りついた毛皮ってそそられません?特にザングースのとかもうものすごくエ(略