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初版公開:2014年9月5日


●混交祭り

▼ 作:穂風湊 さん

人里に隣り合う森の中。一匹のフォッコが何かを咥えて走っていきます。向かう先は母狐のマフォクシー。フォッコはマフォクシーのすぐ手前で止まると、咥えていた一枚の紙を母狐に見せました。
「お母さん、これ行きたい!」
 マフォクシーは読んでいた本を閉じると、どれどれとフォッコの紙に目を通しました。
 それは夏祭りのチラシでした。夜の神社に屋台が並び、背景の空には提灯の明かりが輝いていました。下には日時が書いてあり、そこには今日の夜に行うとありました。今は夕方、もうすぐお祭りが始まる時間です。
 フォッコはまだ字が読めませんが、イラストの雰囲気に誘われて、こうして頼んでいるのでした。
 マフォクシーの横からテールナーが覗き込んできます。
「人間のお祭り? どこで拾ってきたのよ」
「向こうの草むらで遊んでたら見つけたの」
「昨日風が強かったしねえ。飛ばされてきたんじゃないかい」
 とマフォクシーが言います。
「ふーん、であんたはこれに行きたいと」
 フォッコに聞きつつも、テールナーの視線はチラシに向いたままでした。
 マフォクシーは声を漏らさないようにくすりと笑うと、ふたりに向かって言いました。
「ふたりで行ってきたらどうだい。きっと楽しいと思うよ」
「やったあ! 行く行く!」
 母狐の提案にフォッコは手放しに喜びました。けれどテールナーは腕を組んで思案顔です。
「でも人間の祭りにポケモンが交じってたら変じゃない?」
 それを聞いてフォッコは上げた前足を下ろします。
「そうだよね。フォッコがフォッコだったら、お店屋さんで買い物できないよ……」
 がっかりして二匹はしょんぼりと下を向きます。それに対してマフォクシーは、ふふんと鼻を鳴らしました。
「大丈夫、心配はいらないよ。私が魔女だってことを忘れてないかい? 困りごとがあったら、魔法を使えばいいのさ」
 マフォクシーは懐から杖を取り出すと、楽しそうに左右に振っています。
「うーん…………」
 それでもまだ二匹の表情は晴れていません。
「どうしたの? せっかく解決できるって教えてあげてるのに」
「だってお母さんよく魔法失敗するんだもん」
「この前だって、魔法でケーキ作るって言って、クリーム泡立てたら止まんなくて大変なことになったじゃん。洗い流すの大変だったんだから」
「体がクリームの味しておいしかったけど――お母さん今度は大丈夫なの?」
 二匹に言われマフォクシーは苦笑い。本当のことなので言い返せないのがもどかしいところでした。
「それでもお祭りに行くにはこの方法しかないんだよ。どうする?」
 二匹は顔を見合わせます。どことなく不安はありますが、お祭りに行きたい気持ちの方が上でした。母狐に魔法をお願いすると、マフォクシーは杖を振りながら呪文を唱えました。
『レパネ・リシツァ ティトック・ミア ルーフェ!』
 杖の先から細かな光が二匹の上に注がれます。するとどうでしょう。二匹の姿が人間のものに変わりました。お揃いの色違いの浴衣を着た二人は、まるで人間の姉妹のように見えます。
 変身が終わった二人は、自分の姿を確認しました。五本の指を閉じたり開いたり、背中越しに尻尾のあった位置を見てみたり、肩にかかる金色の髪を触ったり。フォッコに至っては、初めての二足歩行で興奮しっぱなしでした。
「どう? なかなか上手くいったと思わない?」
 杖でもう片方の手を叩きながら得意げにマフォクシーは言います。
「うん、すごいよお母さん! ねえもう行ってもいい? お祭りきっともう始まってるよ」
「どうぞ。ただし一つだけ約束、お姉ちゃんとはぐれるんじゃないよ」
「うん、わかった!」
 そう言ってフォッコは囃の音が聞こえる方へ走っていきます。
「さっそくあたし置いてかれてるんだけど……。本当に分かってるのかな」
 やれやれと首を振るテールナーの手に、マフォクシーは何かを握らせました。人間のお金です。
「それがないと何も買えないからね。何でも好きなものを買っていいけど、無駄遣いはしないでね」
 手にしたお札と硬貨を眺めてテールナーは頷きます。
「うん、フォッコにも言っとくね。でも母さん、これ一体どこで稼いだの?」
「秘密。母さんも人間のお金が欲しくなる時があってね」
「そう。聞いてもたぶん分かんないから深くはいいや。じゃああたしも行ってくるね」
「ああ、行っておいで」
 ばいばいと手を振ってテールナーはフォッコの後を追いかけていきました。
 やっぱりテールナーも行きたかったんじゃない、と微笑みながらマフォクシーは二人の姿を見送りました。

「お姉ちゃんこっちこっち!」
 石段の下でフォッコが大きく手を振ります。その後からテールナーが息を切らせながら追いついてきました。
「早く早く。ほらお祭り始まってるよ!」
「ごめ……ちょ、休憩させ……」
 階段に腰かけてテールナーは息をつきます。少し汗はかいたけれど、浴衣がはだけなかったのは幸いでした。
「もう、お姉ちゃん体力なさすぎ」
「あんたが元気すぎるのよ……」
 疲れたのはおやつの食べすぎのせいではないことを信じたいところでした。
 額の汗を拭ってテールナーは立ち上がりました。そしてフォッコと手をつないで石段を登っていきます。鳥居をくぐり参道に出るとたくさんの人が歩いていました。
「うわぁ……!」
 参道にずらりと並んだ屋台の列を見て二人は歓声を上げました。いろいろなおいしそうな食べ物のにおいが届き、お腹が空いてきてしまいます。
「何食べようかな――あ、フォッコあれ食べてみたい!」
 そういって指さしたのは、看板にペロッパフの絵が描かれたお店でした。機械の上で棒をくるくると回していくと、不思議なことにふわふわなお菓子が出来上がるのです。フォッコは身を乗り出して作る様子を眺めていました。
「お姉ちゃんこれ、これっ!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねながらフォッコは出来上がったものをきらきらとした目で見つめます。
「今買ってあげるから待ってて。あとそれはひとのだからあんまりじっと見ないの」
 買ってもらえなくてはたまりません。フォッコはテールナーにしたがって、おとなしく待っていました。
 テールナーは二人分頼むと、すぐに雲のような砂糖菓子を手渡されました。片方をフォッコにあげ、テールナーは初めにほんの少し口に含んでみました。
「おいしい……」
 綿菓子と書いてあったそれは、名前の通りふわふわで、口に入れると甘さが広がりすぐに溶けていきました。フォッコの方も大満足のようであっという間に食べきってしまいます。
「もう口の周りべたべたにして……。あとでちゃんと洗っときなよ」
「うん。思ったより大きくて、顔に何回も当たっちゃったの」
 そう言うテールナーも口周りに砂糖のあとが残っていたのでそれ以上言うことはできませんでした。
 棒をごみ箱に捨て、二人は奥へ進んでいきます。次に足を止めたのは、射的の前でした。
 板の上に色々な景品が乗せられていて、どうやらおもちゃの銃でそれを撃ち落とすようです。
「あんた達もやるかい?」
 真っ赤な和服のお姉さんが足を組んで椅子に座っていました。銃を取り出して二人に見せます。お金とそれを交換すると、フォッコは銃を構えました。
「っとと」
 銃の重さに思わずよろけてしまうフォッコをテールナーが支えます。
「大丈夫なの、あんた」
「大丈夫。フォッコできるもん」
 もう一度構えなおして、銃口を前に向けます。手前の台に肘をつけて狙いを定め、引き金をひきました。
 かんと乾いた音がして、コルクの弾が地面に落ちました。景品の台に当たってしまったようです。
「むー、もう一回」
 それからフォッコはさらに三発撃ちましたが落とすことが出来ません。残る弾はあと一つ。弾と景品とを見比べてはうーんとうなっています。
「どれが欲しいの?」
 フォッコから銃を借りてテールナーは尋ねました。あれと示したのはフォッコのぬいぐるみでした。ちょうどフォッコの腕に収まりそうな大きさで、あれを抱いて寝たら気持ちいいに違いありません。
「ちょっと重そうだけど行けるかな……」
 テールナーは片手で銃を持つと、直立の姿勢で構えました。引き金に手をかけ弾を撃ちます。狙った弾はぬいぐるみへまっすぐ飛んでいき、真ん中あたりに命中しました。ぐらぐらとぬいぐるみが前後に揺れ、やがて下のブルーシートに落ちていきました。景品獲得です。
「へえやるじゃない」
 お姉さんが拍手と共にぬいぐるみを拾い上げ、フォッコに渡しました。フォッコは顔を輝かせてテールナーにお礼を言います。
「ありがとうお姉ちゃん!」
「『ひのこ』撃つのとそんなに変わらなかったから。せっかく取ってあげたんだから大事にしなよ」
「もちろん! 今日はこれと一緒に寝るんだから」
 フォッコはぬいぐるみを顔の高さに持ち上げると、もう一度ぎゅっと抱きしめました。

 それからもう少し奥へ歩いていくと、右手の店からいい匂いと音がしてきました。体格のいい大きなおじさんが、鉄板で焼きそばを作っているところでした。油が熱せられる音に魅かれて自然と足がそちらへ向かっていきます。
「お姉ちゃんこれ食べよう?」
 異論はありません。テールナーはお金を取り出すと、おじさんに差し出しました。
 おじさんは調理する手を止め受け取ろうとします。――がフォッコの顔を見て一つ聞きました。
「お嬢ちゃんお箸はちゃんと使えるかい?」
 言われてテールナーは「ああ確かに」とフォッコの方に振り返りました。フォッコは手を見つめて、首をかしげます。
「うん……使い方わかんないや」
「だったら向かいの揚げパンはどうだろう。あれなら手で食べられる」
 親切におじさんは他の店を教えてくれました。二人は丁寧にお辞儀をするとお礼を言って、勧められた揚げパンを買ったのでした。
 それからボールすくいをして、ヨーヨー釣りをして、べっこう飴を舐めたり、かき氷を食べたりして、ついには拝殿まで辿り着きました。
 手前の広場にはお店は無く、人の数はまばらです。フォッコとテールナーは手と口を洗おうと手水舎(ちょうずや)に向かいました。柄杓で水をすくって左手、右手、口と順番に灌いでゆきます。フォッコは直接柄杓を口に持ってきていましたが、仕方ないとお咎めは無しにしました。
 一通り洗い終わったテールナーはフォッコを見て言葉を失いました。金の髪の上から狐の耳がぴょこんと飛び出していたのです。
「あ、あんた……耳……」
「え、耳?」
 テールナーに言われフォッコは頭の上に手を伸ばし、目を見開きました。そしてフォッコもテールナーを指して言います。
「お姉ちゃんも尻尾が!」
「え、うそ! 母さんまた失敗したの!?」
 慌てて尻尾を抑えますが、大きなそれは浴衣の中には収まりません。
 あたふたする二人にふいに大きな影がかぶさりました。
「ほう、狐が祭りに紛れ込んでいるようだな」
 心臓にまで響くような低い声に、二匹は縮こまってしまいます。足が震えて逃げようにも動けません。観念しておそるおそる声の方を振り返ると――そこにいたのはリングマでした。
「悪い悪い。ちょっとやりすぎたな。そんなに怖がらなくていいぞ」
 右手で頭の後ろをかきながら、すまなそうにリングマは言います。その声は聞き覚えがありました。
「あれ、さっきどこかで会った?」
「おう会ったぞ。向こうで焼きそばを作ってたのが俺だ」
「でもおじさんあの時人間の姿じゃ――あ、もしかして」
「そうだ。お前たちの母さんに同じ魔法をかけてもらってな。他にもオオタチの姉ちゃんとかマッスグマの兄ちゃんとか結構交じってたぞ」
 全く気付きませんでした。たくさんのポケモンたちに魔法をかけたから効果が短かったのかもしれません。けれど人間のお祭りにポケモンがそんなにいて大丈夫なのでしょうか。
「みんなこういう祭りが好きなんだよ。人もポケモンも関係なく賑やかにやるのがな。で、人間に化けて参加してたってわけだ」
「でも魔法解けちゃったよ。人間に見つかったら怒られない?」
「それはほら、あれを見ろ」
 リングマが示したのは参道の終点あたり、社務所の近くでした。そこでは大きな樽が並んでいて、横では多くの大人たちが盃を交わしています。そしてその中に真っ赤な体毛の狐も紛れていました。
「お母さん!?」
 人間たちと楽しそうにしているのは、二匹の母親でした。思いもしない光景に二匹は二の句が継げません。
 リングマが「おーい」と手を振ると、マフォクシーはこちらに気付き、盃を持ったままやって来ました。
「おおふたりとも、祭りは楽しんでるかい?」
 ほんのり顔を赤らめたマフォクシーの裾を引っ張ってフォッコが聞きます。
「お母さん、人間と普通にお酒飲んで平気なの? 怒られたりしないの?」
「見た感じすごい楽しそうだったんだけど……」
「ああ全然平気だよ。奴らだいぶ酒が入ってるからね。相手が人間だろうと獣だろうと関係ないのよ。どうせ朝になったらほとんど覚えてないだろうし。覚えてたとしても酔ったせいで夢を見た、と笑い話になるぐらいさ」
 朗らかな笑い声をあげてマフォクシーは残ったお酒をのどに通します。
「あんたらはまだ子供だから飲めないわね。じゃあほら、そのあたりにいる子供たちと遊んできなさいな」
「人間の?」
 見ればまだちらほらと子供たちが手持ちぶさたに歩いています。大人たちが騒いでいる中することがなくて暇なのでしょう。
「祭りでポケモンと遊んだって言っても聞き流されるだけさ。まあでも実際あの大人たちも子供のころに同じことしてるんだけどね。たぶんみんな覚えてるんじゃないのかい」
 なあおじさんとマフォクシーは横のリングマに話を振ると、リングマは懐かしそうに頷いていました。彼にも心当たりがあるのでしょう。
「そんなわけで行ってきな。私はもう少し奴らと酌み交わしてくるから」
 マフォクシーがすっかり元の姿に戻った二匹の背中を押します。二匹はわくわくと楽しそうに頷いて、子供たちの方へ向かいました。
 その背中にマフォクシーの声がかけられます。
「そうそう、テールナー。あんた射的上手かったじゃん。一発で落とすなんて驚いたよ」
「え……?」
 振り返ると、マフォクシーはこちらに背を向けながら、手に持った盃を左右に振っていました。
 祭りはまだまだ続きそうです。