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初版公開:2014年9月30日


●夕立。

▼ 作:逆行 さん

 ※血とかちょっと出るので苦手な人はご注意ください。

 単刀直入に言うなら、この種族は暗い。みんな、落ち込みやすい。落ち込む、それ事態はまだ良い。問題は、立ち直るのが遅いことだ。早く前を向かないと、何も変わらないのに、それが真実なのに、誰もそうしない。みんな、まじめすぎるのかもしれない。責任は自分にある。自分が罰をうけろ。そう言うこと、ばかり繰り返す。もっと、他人のせいにすれば良い。それは、褒められることではない。しかし、塞ぎこんでいるより遥かにましだ。そしてもっと、明るく振る舞えば良い。暗いことは、グチグチ呟くべきではない。その愚痴は、果たして得を生み出すのか。愚痴は何一つ、成長する源にならない。なおかつ、周りの光まで奪ってしまう、百害あって一利なしのものだ。そのような考えを、常々心に抱いていた。
 先月は、話し声が悪口に聞こえてしまうと、悩んでいる子がいた。他人がひそひそ傍で会話していると、たとえ知らない人同士でも、自分に言っているように聞こえてしまうとか。その前は、バトルの練習をしていたら、骨ブーメランが関係ない人に当たってしまい、怪我を負わせて罪悪感を抱いている子がいた。どちらにしても、そこまで思い悩むことじゃない。前者に関しては、単なる自意識過剰であり、心の持ちよう一つで、簡単に問題が解決する。ポジティブになれば、それでいい。

 私は、落ち込んでいる子に対し、よく励ましの言葉をかけていた。笑えば元気が出るよ。愚痴呟くと、余計に暗くなるよ。そんな感じて、安直ではあるけれども、熱心さが伝わるように話しかけていった。でも、効果が表れない。むしろ余計に塞ぎこむ。その場では、元気になった感じに見えても、数日経つと、元通りになっていることもあった。せっかく励ましたのに、まるで意味がなくなって、私はため息をつきたくなった。つきたくなるけど、ぐっと我慢する。同じ穴のムジナになってしまうから。
 私は、異端児かもしれない。カラカラという根暗な種族。にもかかわらず、生まれてこの方、落ち込んだことがない。おかしいのは私の方という意見も否定できない。だとしてもやっぱり、明るく生きていた方が良い。他のポケモンは、すぐに立ち直る。それで、平和に暮らしている。ポニータは、塞ぎこむことはあるけれど、気がつけば草原を楽しそうに駆け巡っていた。サイホーンは、時々喧嘩はするけれど、一日経てば仲直りしていた。深く思い悩んでいる所なんて、見たことがない。隣の芝生は青く見える。実際に青いと思う。やっぱり落ち込まないで、愚痴とか呟いていないで、明るくすごしている方がいい。

 このような考えに賛同してくれるのは、唯一お母さんだけだった。ガラガラだったお母さんは、優しくて立派な人だった。普通よりも細長い尻尾を持ち、体の色は濃い茶色。私の何倍も太い骨を、手に握っていた。私が人間に捕まりかけたとき、それを振り回して助けてくれた。
「なんでみんな、もっと明るくならないの。愚痴ばっかりで、生きてて楽しいわけ? 私には理解できないなあ」
 ふくれっ面で不満をぶちまける。それでも、お母さんは明るく笑っていた。そして、あなたの考えは、何も間違ってないと頭を撫でてくれた。私は嬉しくなって、「そうだよね!」って言いながら、お母さんの胸に飛び込んだ。

 その後すぐに、雨が降ってきた。雷も轟く、バケツをひっくり返したような雨。雨音は徐々にボリュームを上げ、ものの数分で水たまりが出現する。現在は夕方で、こういう突然の雨を夕立と呼ぶらしい。いつの間にか、空は黒雲が支配していた。ポケモン達は、一斉に雨を避けにいく。私達も急いだ。けれども、雨を防げる古屋のような場所は、既に他のポケモンで埋まっていた。素早さの遅い種族は、こんなときいつも出遅れる。仕方なく、木の下へと逃げ込んだ。雨は完全には防げない。枝葉の隙間から襲ってくる。地面タイプは濡れると、少しずつだがダメージを喰らう。けれども、私は大丈夫だった。お母さんが、私を抱えるようにして、雨を防いでくれたのだ。お母さんだって雨に濡れて苦しいのに、私を守ってくれた。  
 お母さんは昔から、自己犠牲に走るタイプだった。私は幾度となく、お母さんに救われた。その度に深く感謝してきた。けれども、少し心配になることがある。人のことばかりで、自分は傷ついてもいいのだろうか。なんて思いながら、首を曲げて見上げる。目の前には、お母さんの白いお腹があった。人間のポケモンに切り裂かれたときの、醜い傷跡がついている。そして夕立は止んだ。

 それから、数日後。
 この日は、この前とは打って変わって、良く晴れていたのを覚えている。雲は消滅。太陽の光が真っ直ぐ地上まで伸びてくる。心地好い風が颯爽と肌の上を駆ける。気持ちの良い天気だった。
数分後、何やら外が騒がしくなった。草原を激しく走る音が、幾多にも重なって聞こえてくる。早くしろ黒いのが来た! と誰かが叫んでいた。私達は住んでいる洞窟から出た。ポケモン達が、人間の住む町とは逆方向へ、必死の形相で逃げている。遠くから、激しい銃声と少しの悲鳴が聞こえてきた。状況を察した。私達は逃げ始めた。
 ロケット団、という組織があった。危険な組織、ということで覚えていた。危険というのは、野生にとってだ。彼らは野生のポケモンを捕獲する。そして高値を付けて売り捌く。要するに犯罪組織だ。けれども、もっと怖いことがある。捕まえるのに手こずった場合、その場で非道にも殺してしまうのだ。だから彼らと出くわしたら、抵抗しないで捕まってしまえと教わった。私が生まれる前に、大規模な乱獲があった。その時、怖くて反撃してしまう者や、捕まるのが嫌だという理由で反撃することを選択する者がいた。反撃した人は、みんな殺されてしまった。そんな悪夢が今日、再び繰り返される。被害が小さくなるか、大きくなるか、それは未知数。

 命の危険にさらされているのに、自分でも驚くほどに冷静だった。周りには、笑いながら逃げている子もいた。突然の事態に、混乱が一周した結果だろう。けれども、眼前で一匹のポケモンが、歯向かって手持ちのポケモンを倒してしまい、人間の逆鱗に触れ、銃で打たれたのを目撃したとき、ようやく冷静ではいられなくなった。一周した混乱が更に半周し、恐怖の感情がじわじわと胸に沈殿した。やがてそれが、悲鳴を上げるという反射に繋がった。
 人間は次々と、ポケモンを捕獲していく。カラカラも何匹か捕らえられた。その流れの中で私は、捕獲の基準は、手こずった場合だけではないことに気がついた。高値で売れるか、すなわち強いかどうか珍しいかどうか、という物差しでも判断していることが分かった。私の恐怖心に新たな歯車が加わる。私は強くない。珍しいと言える点もない。となると、殺される可能性が高い。単純明快な論理式が組み上がった。足ががくがくと震え上がった。もう動けなくなってしまう。そう心配したが、助かりたいという一心と、お母さんの大丈夫だからという冷静な励ましによって、なんとか走り続けることができた。
 しかし、全速力で走れても、果たして逃げ切れるのか。相手の数は尋常じゃない。まずロケット団が何人もいて、その上、ひとりひとりが所有するポケモンの数が多い。至る所で爆発音が轟き、悲鳴が耳に迫ってくる。犠牲者の数は、今どれくらいだろう。私が生き残れる確率は、どのくらいだろう。前者が徐々に増えており、後者は徐々に減ってきている。それは確実だ。
 そして、急展開が起こった。不意に私が生き残れる確率が、大幅にダウンしてしまうのであった。

 目が合ってしまった。追ってきているか確認しようとして、振り向いたとき、一人の人間と目が合ってしまった。人間は三匹のポケモンを持っていた。一匹に指示を出し、私の方へと向かわせた。人間の方は、他の二匹を連れて、別のポケモンを狙いに行った。
そのポケモンは全身真っ黒で、至極凶暴そうな見た目をしていた。鉤爪のような白い角が頭に植えられ、矢印の形をした細長い尻尾が不気味にうねっている。口内には、警戒すべり鋭利な牙。腕を噛みつかれたりしたら、持っていかれてしまいそうだ。
足が完全に硬直した。逃げることは無理だ。どのみち、私の足では逃げ切れない。残りの選択肢は戦うこと。だけど、足が硬直するほど怯えているのに、戦うなんてできるわけがない。黒いポケモンは、なかなか攻撃してこなくて、殺すことを躊躇っていると判明した。けれども、やはり命令には逆らえないのだろう。迷った先の行動は、私に不都合なものだった。口を開いて、こっちに飛びかかる。鋭い牙がギラリと光った。私は痛みの強さが、どれくらいか想像した。ここまでくれば、死ぬことよりも、痛い思いをすることの方に恐怖を感じる。まぶたを閉じた。避けるのは無理だ。恐らく右足を狙われる。数秒経った。痛みはこない。目を開けた。

 黒いポケモンの牙が、お母さんの骨で、見事にガードされている光景がそこにはあった。正直私は、恐怖でお母さんが隣にいたことを忘れていた。いつだってお母さんは、私を守ってくれたのに。
黒いポケモンは標的を変えた。お母さんは恐怖で顔が強張る。しかし私を守ろうと迎えうつ。駄目お母さん逃げて! そう叫びながらも、安心感が心の中で芽生えた自分がいた。死ぬ確率が減ったからか。嫌な子だ。
 相手は次なる攻撃をする。歯向ったポケモンは殺してしまえと指示があるわけだ。爪が防御されたことから、別の攻撃方法を試みた。口を開けるのは同じだが、今度は真っ赤な炎を吐いた。それは直撃した。お母さんの体が炎で包まれる。それでもお母さんは怯まない。反撃をするべく体勢をとる。振り向くことなく、私に言った。今のうちに逃げろと。
果たして私は、その通りにした。
 途中、お母さんの悲鳴が聞こえた。それでも、泣きながら逃げ続けた。たとえ罪悪感に苛まれても、お母さんに死んで欲しくなくても、戦いの場に戻ることなどしなかった。 

 私が戻ってきたのは、銃声が聞こえなくなり、数分経った頃だった。悲劇の草原を目撃し、体は黒いやどりぎのタネで締め付けられた。それでもゆっくりと、例の場所へと向かった。しかしそこには何もなかった。もしや、お母さんは殺されてはなく、捕まったのだろうか。それなら、悲しいけれどまだいい。逃げ帰って再開できる、という微かな希望も光り輝く。ひとまず、別の場所を探した。人間が住む都市の近くへ。見覚えのある、太い骨が落ちていた。嫌な予感しかしなかった。更に先へ進む。すると、考えたくもない現実が、そこにはあった。あってしまった。
 茶色い体は、赤く染まっていた。頭部の骨には、幾多のヒビが入っていた。持ってかれてはいないが、噛まれた腕からは血が溢れていた。細長い尻尾に関しては千切れていた。目は固く閉じられていて、二度と光を通すことはない。
揺すって声をかけても、薬草を拾ってきても、結果は火を見るより明らかだ。すぐにその場から去った。お母さんの骨は持った。
 死体から徐々に遠ざかる。依然として涙は出ない。まだ受け入れてないから。けれども、後もう少しだと、自分で分かった。次第に、目頭が熱くなってきた。お母さんとの思い出が、脳内をしっちゃかめっちゃかに駆け巡る。草原の真ん中まできた。いよいよ私は、地面にへたり込む。お母さんの笑顔が浮かび上がった。そして大声を上げて、私は泣いた。泣きながら、自分のやったことを、これでもかというくらい責め続けた。

 どうして逃げたの。逃げるなんて最低だ。最低だという言葉すら、悠々と突き破っている。たとえ怖くても、一緒に戦うべきだった。でも、私は弱いから、きっと足手まといになる。そしたらお母さんは、もっと痛い目に合っていた可能性もある。だから、あの場は逃げた方が良かったんだ、と言って、正当化しようとしたけれども、自分の心に嘘は付けず、本当は怖かったというどうしようもない理由なのだから、罪悪感を薄め用がない上に、正当化しようとしたこと事態まで責め立て始め、自己嫌悪は増加の一途を辿った。 
 私は最後まで、守られてばかりだった。お母さんが自己犠牲的行動をとることを、心配していたのはどこのどいつだ。そうさせている一番の原因は、お前じゃないのか。
 元はと言えば人間が悪い。逃げろと言われてその通りにしただけ。命がかかっていたのだから仕方がない。捻り出せば一応、自分を正当化させる素材は見つかった。それなのに、正当化させることができない。そうすることを、自分が許してくれない。私はいつまでもグチグチと、己が悪いと言い続ける。 

 不意に、夕立が降り始めた。雷も轟く、バケツをひっくり返したような雨。雨音は徐々にボリュームを上げ、ものの数分で水たまりが出現する。私はHPが削られる。けれどもそこから動かない。
夕立はすぐに止む。いつまでも降っているということはない。けれども。
ここにきて、ようやく気がついた。そしてもう一つの後悔をした。夕立はすぐに止んでしまう。けれども心は別だ。そう簡単に晴れるものじゃない。仲間たちに申し訳なく思った。落ち込んでいる子に、元気になれと励ます。それは、まるで意味がなく、余計なお世話でしかなかった。自分が落ち込んでみて、初めて理解した。むしろそのような励ましは鬱陶しく、傷口を広げてしまうこともある。
 人は立ち直らない。
 自己嫌悪も終わらない。

「そんなに落ち込むなよ」
 そんなことを言いながら、一匹のカラカラが正面からこっちへ来た。悪意の全くない顔が、私に迫ってくる。次第に、他のカラカラも集まってきた。やがて輪になって私を囲んだ。みんな笑顔だった。笑顔で彼らは、繰り返し唱えてきた。
「そうよ、元気を出して」
 無理だよ。
「ほら笑って」
 できないよ。
「大丈夫。私達がいるよ。一人じゃないよ」
 そうじゃないよ。
「今は悲しくても、明るい未来が待ってるよ」
 違うよ。
「そうだ一緒に歌でも歌いましょう。明るくなれるよ」
 一切汚れのない正論が、私の鼓膜を無慈悲にも突き破る。耳を塞いでも、彼らはまだ言ってきた。彼らの励ましを聞けば聞くほど、私の悲しみは増幅していった。その場から逃げ出した。

 目を覚ました。夕立によってHPが切れ、気を失っていたようだ。恐ろしい夢を見たが、夢であって良かった。流石に、母が殺されたのだ。現実でそんなふうに言ってくる人なんていない。
 私は仲間の元へと向かった。向かってどうするというのもないのに、自然と体が動いていった。励ましを求めているわけではない。何か別のものを、求めているのだろうか。
 仲間たちも、同じように落ち込んでいた。悲しんでいた。私を励ます余裕などなかった。当たり前だ。あれだけの数が捕まったり、殺されたりしたのだから。
 みんな、一人ひとりだ。他人と適度な距離をとって、独りで悲しみを味わっている。誰かと一緒に泣いている人は、ほとんどいない。
 励まし合いなんて、そこには存在しない。とても冷たく、暗い空間。けれども、恐らくそれでいい。私は、これを求めていたのだ。誰にも邪魔されず独りで悲しみ、かつ仲間達がほどよい距離にいるという状況。これが理想なのだ。
 私は再度地面にへたり込んだ。お母さんの肩身をぎゅっと握りしめた。いつまでもいつまでも泣いていた。雨がおさまることはなかった。