●氷徒然。
▼ 作:久方小風夜 さん
「ブルーハワイってのは何味かっていうのがそもそもの疑問だったんだよね」
今日も外は猛暑日。喫茶店に入ってかき氷を注文したら、店主に「氷緩めてるからあと30分待ってくれ」って言われてアイスコーヒーをサービスされた。
何でも冷凍庫から出したばっかりの氷だと舌触りが悪くなるんだそうだ。ここの店主は適当な性格だがそういうところはしっかりしている。特に急いでもいないし1杯400円するコーヒーおごってもらったし大人しく待つことにした。
で、ひと息ついていたら唐突に冒頭の言葉である。
「ハワイってイッシュの小島の別名でしたっけ」
「リゾートで有名な島だな」
「確かに地名の味ってよくわかんないですね」
他が果物の名前なのに地名。異質だ。
『グレーハジツゲ』とか『ゴールデンコガネ』とかいう名前もあるんだろうか。『ホワイトマサラ』だったらただの削った氷のような気がする。
「調べたら、そういう名前のカクテルがあってそれが元なんじゃないかという説があった」
「お酒なんですか」
「カクテルには細かく砕いた氷を大量に入れる『フラッペ』っていう手法があるから。ブルーハワイもクラッシュド・アイス大量に入れるし」
そう言うと店主は小さなグラスに、ストローでも吸える細かさの氷が詰まった青色の液体を差し出してきた。
「氷あるんじゃないですか。ってかまだ昼間ですよ」
「これはフードプロセッサで砕いて冷凍保存しておいた僕の休憩ドリンク用のクラッシュド・アイスだから。大丈夫中身はただのオレンジュースだし」
「で、何でこれを」
「サービス」
「はあ」
ストローですするとキンキンに冷えた液体が口内を刺激し、喉を通りぬけ、胃の中へ落ちていく。
間髪いれずこめかみのあたりがきいんと痛んだ。
「ぅあー……冷てー……」
「冷たいものを食べた時頭がキーンとするのを『アイスクリーム頭痛』と言うそうだ」
「へー……個人的にはアイス食べた時よりかき氷食べた時の方が起こりやすい気がしますけどね」
「ひと口で食べる量とペースのせいじゃないか? まあしかし、かき氷の方がこの国では圧倒的に歴史長いからなあ」
「へえ、そうなんです?」
頭キンキンするし正直あったかいコーヒーか紅茶が欲しい、と思うが店主は自分用のオレンフラッペを作成している。仕事をする気がない。
カウンターの中で氷に漬かった青い液体をすすりながら、職務放棄中の店主は話を続ける。
「ジョウトのエンジュに都があった時代に、貴族の女性が『削った氷に蜜かけたの超ヤバいセレブ気分』って書いてたらしい」
「何でそんなハジけた訳なんですか」
「若い女の子の日記なんだからこんなもんだろ。ま、どう考えても高級品だっただろうな。都の辺りの水がこってるような真冬にわざわざかき氷食べようとはしないだろうし、かといって夏に氷手に入れるのは大変だし」
「冷凍庫なんてなかったですもんねえ」
「氷を手に入れるには氷室か天然の風穴……ま、ジョウトのあの辺なら一番近いのはチョウジからさらに東に行ったとこにある氷の抜け道か。とはいえ、昔はエンジュからチョウジに抜けるのも大変だっただろうしな。スリバチ山の洞窟を抜けるのは骨だし、かといって山を越えるのも辛いし、当時は川を渡るのも大変だっただろうし。チョウジから氷の抜け道まで行くのも案外遠いな。それに運ぶのは氷だから、あんまりのんびりもしてられないわけで」
「うわぁ面倒だなぁ。……あ、でも」
グラスの中にはすでに青い果汁はなく、透明な液体がたまっている。すすったら薄甘かった。
よし今度こそあったかいコーヒーか紅茶を、と意気込んだ瞬間店主は溶けかけた氷だけのグラスに減った分の氷を追加し、再び青い果汁を注いだ。完全に申し出るタイミングを逃した。
ちくしょう店主め、さっきまで職務放棄してたろ。何でこのタイミングで復活するんだ。店主はサービスサービス、と笑っている。わざとだ。絶対わざとだ。
「……氷タイプのポケモン使えばいいじゃないですか。わざわざ抜け道まで取りに行かなくても、氷タイプに作ってもらえばいいんですよ」
「あのな、1000年前だぞ。ポケモンが物の怪とか妖とか呼ばれてた時代だぞ。ボールもないぞ。ポケモン扱える人間なんてそうごろごろいないだろ」
「あ……そりゃそうか」
ポケモンはいつもすぐそこにいるから感覚が薄れてた。ぼんぐりにポケモンを納める技術がいつ頃出来たのかは知らないけど、それを扱うのも今のボールとは全然感覚が違ったはずだ。そもそもぼんぐりボールの産地といえばヒワダだけど、都からの距離は相当だったはずだ。
「ま、氷タイプに協力してもらったりもしたんだろうけど、それでも当時ポケモンを扱えるのは相当な実力と地位が必要だっただろうなあ。結局のところ輸送手段かポケモンの扱いのレベルが上がるまでかき氷は貴族の食べ物だったわけだ」
「うーん、一般庶民までかき氷が行き渡るようになるのは大変だなぁ……」
「冷たいもんはそれだけで価値があったんだな。アイスクリームもこの国に来た時は今の価値でも8000円とかしたらしいぞ。高級品だ」
「高級品ですなー。あー、前イッシュのお土産でもらったヒウンアイスまた食いてー」
「個人輸入だな。手数料がっつり取られるけど」
入荷してくださいよ、と言ったら店主は、1杯2000円取るけどいいか、と言ってきた。いいわけあるか。現地で買うと100円だぞ。
「2000円払うならモーモー牧場のミルクソフト食べる……」
「あれも負けないくらい美味いもんな。入荷しないけど」
「牧場補正もありますからねー。しょうがないですよ。しかしこう考えるとかき氷は原価低いですよね」
「ほう、かき氷の原価が低いと申すか」
「違うんですか」
「違わないけど」
違わないのかよ、とツッコミを入れたが、店主は何食わぬ顔で電卓を叩いている。
「縁日で打ってるタイプのかき氷だと、氷が15kg2000円くらい、蜜が1升で500円くらいで、その組み合わせで75杯くらいはできる計算になるから……他の経費除いた原価33円。縁日で300円で売って、2分で1杯売れるとして5時間やって150杯、利益4万円くらいだな」
「安いのか高いのかよくわかりません」
「自給8000円」
「高い!」
「まあ所詮は適当な計算だ。実際はもっと色々金がかかるからなあ。夜店だと業務用の削り機もレンタルだろうし」
そう言う店主の背後にはレトロ感漂う金属フレームの、業務用のかき氷機が見える。古い機械だがふわふわでなめらかな口当たりの氷が削れる店主ご自慢の機体である。
なお、この店のかき氷は1杯600円である。
「言っておくがうちのかき氷は夜店で食べるのとはモノが違うからな。あっちは薄利多売だろうがこっちは1個ずつ丁寧に真心込めて作ってるんだから。価格的にまだ良心的だぞうちのは」
「つかぬことを伺いますが、店主、知り合いの氷ポケモンにただで氷作ってもらってたり……」
「しないよ? 以前常連のユキメノコに氷作ってもらったんだけど、やっぱり氷は氷屋に任せた方がいいな。お金出して買う価値は十分あるよ。天然氷。おいしい水の産地のシロガネ山で作られてる奴。全然違うよ味。プロすごいわ本当に」
「はあ」
「それとうちはシロップ手作りだから。クラボとモモンとチーゴと、あと今年からマゴとパイルと、あと追加料金もらうけどロメとノメルとベリブも始めた」
「種類多っ」
「何てったって僕が10年かけて研究したシロップだからな」
そう言ってどやっと笑顔を見せる店主。
そうだった。この店主、甘いものに対するこだわりが半端ないんだった。
『僕は甘いものをよりおいしく食べるためにコーヒーを極めた』と堂々と宣言する男だ。身体に悪そうなくらいクリームが挟まったロールケーキが好物で、理想のロールケーキを店で出すためと店を半年休んで全国のケーキ屋を荒らしまわったのは2年前のことだったか。戻ってきて以来、店主の気が向いた時だけ出てくるロールケーキはそこらのケーキ屋よりよっぽど美味いと評判である。
そう言えば今日もずっと、無駄にさらさらとかき氷に対する無駄知識が溢れだしていた。この店主の頭の中に詰まっているのは甘味に対する愛と砂糖なのかもしれない。
半ば呆れた顔で店主を見ていると、店主はそろそろいいかな、と言って氷を機械にセットし、冷凍庫から脚付きのガラスの器を取り出した。あ、ようやく削るのか。何頼んだっけ。モモンだったっけ。
店主は足元から果肉の浮かんだ琥珀色の液体が入った大瓶を取り出し、ガラスの器に液体をレードル1杯注いだ。
「店で出されるかき氷の蜜は東と西で違うんだってな。カントーでは先に蜜を入れてから氷を削る。ジョウトでは氷を削ってから蜜をかける」
「この店は」
「両方」
「ですよねー」
蜜を入れた器に、氷を削り入れる。モーター音と一緒にシャリシャリという金属音にも似た高い音が聞こえてくる。
氷を削る音はきらきらしている。金属のような、ガラスのような。音が光を反射して光っているようだ。
山盛りになった真っ白な氷に上からまた蜜をかける。新雪の上に金色の雨が降り注ぐ。
皿の上にガラスの器を置き、追加の蜜と練乳の入った2つのミルクピッチャーとスプーンを添え、目の前に差し出された。
「ほい、お待たせ」
「待たされましたよ」
いただきます、と手を合わせてスプーンを手に取り、氷の山を崩して口へ運ぶ。
キンとした冷たさと、ふわりと柔らかい甘さが口の中に広がる。悔しいけど、美味い。美味いけど。
店主が再びどや顔をして、言ってきた。
「そのかき氷にドリンクサービスと30分間の店主の無駄話が山ほどついて600円。値段の割にいい納涼だろ」
「ええ。冷やされすぎてあったかい紅茶が欲しいくらいですよ」
◇