■憧れの翅の色
憧れの姿は、ずっと揺るがないものだった。
私とパートナーのドクケイルとは、学校のみんながうらやむくらいに息の合ったパートナー同士。
「女の子なのに?」って驚かれることもあるけれど、私はドクケイルが大好き。
「見た目が怖い」? 「だって虫だもん」? そんな先入観でびくびくしてるなんて、みんな曇った目をしてる。
見て、この目がいっぱい集まったみたいなドクケイルの瞳! 分かるでしょ、曇りひとつない。覗き込めば覗き込むほど、たくさんの瞳に私の姿が、……ここまで言うと、たいていの人はもう呆れた顔をしてる。
でもみんなから呆れられるくらい、それくらい私はこの子のことが大好きなんだ。
◇
(この赤い幼虫を育てたら、いつか綺麗な翅が生えるんだよ)
――その言葉を疑うことなく、ケムッソを育てるのに明け暮れたのはいつのことだっけ。
憧れの姿に手が届くんだ! そう信じてやまなかった。
女の子たちには、毛虫のような姿のケムッソを育てるのを嫌がる子も多かった。
本当のことを言うと、私も虫はちょっぴり苦手なの。出会ったばかりのころはケムッソに触れなかったくらい。
だけどそんなのは幻だった、誰もがそう思うくらいに、私とこの子とはべったりくっつき合いながらここまで一緒に生きてきた。
私は出会った昔から決めていたから。「この子に綺麗な翅をあげるのは、この私だから!」って。
◇
――本当はね、ドクケイルなんて大っきらいだった。
だって見た目は毒々しいし、両目もちょっぴり怖いし。小さいころ森で私を追い掛け回したのもドクケイルだった気がする。
私の憧れの姿はずっとアゲハントだった。くるりと巻いた触角、お洒落な紋様の翅。そんなとっても綺麗で愛くるしい蝶が、私はずっと欲しかった。
ずっと抱いてきた憧れに、ずっと忘れなかったあの言葉に、私はこの赤い色の毛虫を、そして淡色の繭を育ててきたの。あのきらめく蝶を夢見て。
だからしゅるりとほどけた繭から蝶じゃなくて蛾が飛び出してきたとき、……あのサイケデリックな色味と瞳のような紋様を見た私は本当に驚いた。
◇
「ドク……ケイル……」
驚いた。驚いたけれど、――私はドクケイルを抱きしめた。ぎゅっと、翅がくしゃりとこわれるくらいに。
だって、この子とは何日も何日も同じ時間を過ごして、進化への未来を夢見たもの同士だもの。
毒々しく見えていた翅色、それを嫌っていた遠い日。生まれるのは蝶ではないとも知らず、苦楽をともにしてきた思い出は今、ぜんぶ私の腕の中。
とたんにその翅の色味は美しい新緑のそれに見えた。薄気味悪いはずだった私を見つめる瞳は、たくさんの鏡のよう。
えへへ、とってもかわいいね。とっても、蝶のお姫さまよりも、ずっと。
――憧れの姿は、ときおり移ろうものなのかもしれない。
−おわり−